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がむしゃらな努力の意味

もし、泳ぎ方を知らない人が足のつかないプールに飛び込んだとしたら、その人はいったいどうなってしまうでしょうか?

がむしゃらな努力

手足をバタつかせ必死で浮き上がろうとすることでしょう。

しかし残念なことに、彼が最終的に辿り着くのはプールの底になるでしょう。

文字どおり必死に、がむしゃらな努力をしたにも関わらずです。

では、彼が泳ぎ方を身につけてからプールに飛び込んでいたらどうなっていたでしょうか。

さほど必死に手足をバタつかせる必要性もなく、スムーズに目標地点まで泳ぎ着くことができたはずです。

これは人生についても同じことが言えるのです。

同じ労力、エネルギーを使って目標を達成しようとするならば、自己流に固執し、闇雲にがむしゃらな努力で時間とエネルギーの浪費を繰り返すのではなく、泳ぎ方、すなわち成功哲学を身に付けることで、効率よく目標を達成することができるのです。

しかし、成功哲学を身に付けるということは、努力をしなくてもよい、という意味ではありません。

泳ぎ方を身につけるためには基本的な訓練を段階を経て取り組まなければなりません。

それにより、はじめのうちはプールの水をたらふく飲むことになるでしょうし、強く水にお腹を打って、周りの人から笑われるかもしれません。

このような訓練の過程があってはじめて泳ぎ方が身につくのです。

これは先に述べた「がむしゃらな努力」とは違いますが、やはり努力といえることができます。このような体系化された効率的な努力は、やはり必要ですね。



【本気で考えて、紙に書いてみよう!】
あなたの努力が報われるために、建設的なメンタリティをどうやって身につけますか?



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